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2006年10月の記事

2006年10月15日 (日)

島根・横田高校・第42期生_卒業45周年記念同窓会_近況報告

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21世紀の初頭、2001年に松江で40周年記念同窓会を開催してから早5年が経過しようとしています。月日の経過は、先を見ると長く感じますが、後を振り返るとその早さに驚かされます。私がシンガポールへ来てから10年になります。まさに「光陰矢の如し」です。

当初、辞令による赴任期間は3年でしたが、過去の例から3年で帰れることはないだろうと推測し、最低5年は覚悟していました。しかし、まさかこんなに長くなるだろうとは夢にも思っていませんでした。それがいつの間にか10年が経ちシンガポールが第3の故郷になろうとしています。

53歳の時に出発した長い長い旅路も63歳を迎え、あと数ヶ月で終わろうとしています。来年早々には、日本へ本帰国する予定です。今は残りのシンガポール生活を楽しむとともに、故国日本での新しい生活に夢をはせ、日本へ帰ったらあれをしようこれをしようと思いを巡らせながら、仕事の残務処理、引継ぎ、帰国の準備、後かたづけ、等々に追われている今日この頃です。

シンガポール在住の10年間を振り返ってみますと、公私に渡り楽しかったこと苦しかったこといろいろなことがあり一言では言い尽くせません。

この10年間に2人の娘も結婚し孫が2人出来ました。そして、孫を連れて3回シンガポールへ遊びに来てくれて孫と遊ぶことが出来たことが最も楽しかったことの一つです。

苦しかったことは、2002年3月、コードレス電話事業を終息させ、従業員のリストラを行った時です。疲労と心労が加わり風邪を引きました。高熱にもかかわらず無理をした為、肺炎になり入院を余儀なくされました。過去、日本でも入院したことはなかったのですが、異国での入院そして家族もいない状況であり、かなりしんどい思いをさせられました。もう、2度とこういう体験はしたくないと思っています。

海外に在住することによるメリットとして感じたのは、日本という国を国外からより客観的に比較して見ることが出来た事です。日本とシンガポールでは、国力に差が有り単純に比較することは出来ませんが、「小さな国でも指導者と政治が良ければ、こうもうまく国家運営が出来るという見本がシンガポールである」と感じています。

シンガポールの国土は、東京23区とほぼ同じ面積、人口は420万人。第1次産業はゼロ、食料品、資源は100%輸入。徴兵制で軍隊を所持。所得税は日本と同程度、法人税は20%で日本の半分、配当・利息・資産相続については全て無税。それにもかかわらず国家財政は黒字です。

巨額の借金大国とはえらい違いです。徹底した合理化、規制緩和、透明性、先見性、既得権益やごね得を許さない政治システム、等々がこうした違いを生んでいるものと推測しています。

産業は、経済発展に伴い製造業の空洞化が進んでいます。そこで政府はこれに対応するため、インフラの整備(空港、港、道路)と共に第3次産業の振興に力を入れ、中継貿易、国際金融センター、観光、バイオテクノロジー、IT、国際会議の誘致、カジノ、等々に力を入れています。

特に最近目覚ましいのは、国際金融センターとしての伸びです。ここ2~3年で海外投資家の資産運用残高は急速に増加し、2005年には57兆円にも膨らんでいます3年間で約3倍に増えています。

日本ももう少し政府主導で、東京1極集中から地方を活性化させる多極分散型社会へ変革し、地方で出来る事は地方へ移し、国家としてやる事は防衛、外交、治安、広域インフラ整備、等に絞り、国会議員を今の1/10 位に減らす大改革をやり閉塞感を打破し、「美しい国」もいいけれど全ての若者が「夢と希望を持てる国」へと変身させてもらいたいものであると思うこの頃です。

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