フォト
無料ブログはココログ

« 2013年8月 | トップページ | 2013年10月 »

2013年9月の記事

2013年9月15日 (日)

注目の大一番、堺市長選挙告示される

本日、2013915日(日)堺市の市長選挙が告示された。通常であれば、一つの地方都市の市長選挙であり、全国的にみれば何も大きく騒ぎだてする程のことではないのである。私に取っても、直接の選挙区ではなく第三者であり、建前上は結果にこだわる必要は何もない選挙である。

それでは、何故そんなに注目するのかと言えば、今回の選挙が持つ意味は大きく、将来の行政組織・行政の単位はどうあるべきか?の行方を占う意味での選挙と位置づけられるからである。更に言えば、現在の政令指定都市制度そのものが果たして適切な組織・単位であるかを問いかけるものであるからである。

現在の政令指定都市は、府・県から独立した組織であり、独立した権限を持ち、それぞれ別個に府・県と同じような組織を持つので、二重行政に陥りやすいのである。

大阪府と大阪市の例を挙げてみると、非常に近い場所に大阪府立大学と大阪市立大学がある。更に、大阪府立図書館と大阪市立図書館がある。これらの組織は統合され一つになるように進行中である。これ以外にも多くの同じような組織が存在し、統合化が図られている。

現在進められようとしている、大阪都構想はこうした二重行政を解消し、無駄を省き行政の効率を上げることを目的に行われようとしている。従い、私は大阪都構想を支持しているのである。

大阪都構想は一つの進化の過程であり、これが成就した後のステップとしては、道州制への移行、国の組織の縮小化、即ち国として行うのは外交・防衛・等々に限るようにし、小さな政府、少ない国会議員で運営すべきであると思っているからである。

現在、堺市長選挙に立候補している現職の竹山修身市長は、大阪都構想に参加すれば、堺市は解体されなくなってしまう、堺市はあくまでも独立して堺市として行政を行ってゆくと主張して選挙を闘っている。果たして、人口84万の堺市のみで大阪府・大阪市から独立して行政を推進して行くことが得策で可能だろうか?疑問を感じる。

ましてや、現在広域行政でないと出来ない事象が増えているからである。ヘリコプターを使用して患者を運ぶドクターヘリの問題、空港運営の問題(関西空港と大阪空港は一体化した)、神戸空港(現在赤字運営)をどうするのか?大阪湾岸エリアの開発を行う場合、堺市は独立して行うのか?そして、今盛んに言われている南海トラフ巨大地震に対して堺市は独立して対策を行うのか?更に、橋下大阪市長が言及している将来大阪でオリンピック開催を招致するようなビッグイベントの話が持ち上がった時、堺市は蚊帳の外にいていいのか?

今度の選挙で現職が勝利し、大阪府・大阪市の首長である大阪維新の会と決定的な対立喧嘩別れとなり、将来的に堺市が孤立してしまうような事態にならないことを願っている。更には、大阪都構想が順調に行き、早く次のステップへ進むことが出来るような結果になることをも願っているのである。

2013年9月 9日 (月)

「2020年東京五輪決定」 に対する私の想い

2020年のオリンピック開催地が東京に決定した。朝のテレビ放送を見ていて、素直な気持ち大喜び、拍手喝采万歳をしたのである。事前の予想、特にロンドンのブックメーカー(賭屋)の予想では、318日時点で東京のオッズが1.67倍、イスタンブールが3.5倍、マドリードが4.0倍、であった。直前でもこの流れは大きく変化せず、東京が1.5倍、イスタンブールとマドリードが共に4.0倍であった。内心ブックメーカの予想は当てには出来ないとは思っていたが!

案の定、直前に行われるプレゼンの前に立ちはだかったのが福島原発の汚染水漏洩問題である。各国メディアが急にクローズアップし出したのである。プレゼンの第一陣の説明のあと、メディアからの質問はこの問題に集中した。所が、日本側から明快な説明がなされず、より不安を与える結果となっていた。そして、スペインのメディアは非常に強気で、第一回の投票でマドリードが過半数を制するという報道もあり、またまた東京は涙を飲むのかなと非常に弱気になったのである。

所が、投票結果は東京の圧勝であった。何故こうなったのかいろいろなメディアの報道を読んでいると、安倍首相のプレゼンと質疑応答に対する明快な回答がオリンピック委員を納得させたとの論評が多かった。ロイター通信によると、ジャック・ロゲ会長は調印式で、安倍首相自ら「安心して任せてもらえる」と発言したことに触れ、「自分は整形外科医でもあり、投票権を持たなかったとはいえ、この言葉は響いた」と報道している。

前置きが長くなったが、本論に入る。私は、今年満70才(古希)である。オリンピックが行われる7年後は満77才(喜寿)である。偶然に慶事が重なる人生の新たな生きる目標が出来たのである。

私は、3年程前から体調を崩し、健康にあまり自身が持てない状況が続いていた。2011年の秋に行った橫田高校卒業50周年記念同窓会の後のブログ(20111122日発行)、そして昨年行った古希記念同窓会の後のブログ(2012616日発行)を読んで見るとその時の体調が左右しているのか、非常に弱気な内容となっている。

古希記念同窓会の後、次は喜寿記念同窓会で再びお会いしましょう!と言って別れた。この時は、まだ弱気な状態であったので、果たして喜寿までたどりつくことが出来るのかなと疑心暗鬼の状態であった。

体調を崩してから、医者にかかりいろいろな検査を行い結果に基づき処方をしてもらっていた。一方、腰痛と座骨神経痛も併発し整骨院へも通い続けていた。当初はあまり改善する兆しは見えなかったが、「継続は力なり」のことわざの如く、1年半経過した昨年の後半から少しづつ改善に向かい始めた。そして、昨年末で整骨院への通院を止めても大丈夫という確信が持てる程、回復したのである。

これに伴い、自分の健康に対する不安が少し解消され、自信がもてるようになって来た。そして、この分だと喜寿までたどり着く事が出来るのかな!と気分が変化して来た。私に取っての健康とは、物理的に人の助けを必要とせず自立して生活が出来ること。更には、知的生産活動を継続して行うことが出来ること。この二つをクリアする事である。

人生の次の目標は、私が定義する健康状態を維持して、次の一里塚(マイルストーン)「喜寿」まで到達することである。そこまで到達した暁のご褒美のような存在として現れたのが今回決定した「東京オリンピック」である。今後は、「東京オリンピック」も人生の次の一里塚の併行目標として加えて行きたいというのが現下の「2020年東京オリンピック」に対する想いである。

「稲陵会関西支部総会」 に参加した感想

昨日、201398日(日)「稲陵会(橫田高校卒業生の同窓会)関西支部総会」が開催された。ちょうどこの日の朝5時過ぎに、2020年のオリンピック開催地が決定し発表された。このニュースにも気を取られていたので、慌ただしい一日であった。

参加した会場の入口で資料をもらい席に着いた。まず出席者の名簿を見たところ、41期生(昭和36年卒業)の参加者がゼロであったことに驚いた。私は42期であり1期上の卒業生であることからメンバーは良く知っていた。今回、何故ゼロとなったか誰にも聞きようがなかった。

私は、1997年~2006年迄の10年間シンガポールに在住していたので、この間は稲陵会に出席出来なかった。帰国後、2007年から出席し始めたのであるが、1997年以前の41期生の参加者は多数で元気のある姿を見ていたので、この頃の記憶が蘇り一抹の寂しさを覚えた。

そして、我々42期生も毎年1617名が参加し、最も多い参加者数を誇っていたのであるが、今年は11名と少なかった。仲間に理由を聞くと、本人の健康の問題、家族の健康の問題、等々で出席出来なかったようである。それでもまだ参加者数では、一番多い期であった。

更に、出席者の内容をよく見てみると、我々より上の世代の出席者が少なくなっているのに気付いた。しかし、全体の出席者の数は106名と例年とほぼ変わらない数であり、明らかに世代交代の波がしずかに訪れ進行していることを実感させられる総会であった。

これから先いつまで総会に出席することが出来るのか?予測はつかないけれど、少なくとも喜寿(東京オリンピック開催の年)迄は、肉体的、精神的、両面で健康を維持し出席したいと思っている。

« 2013年8月 | トップページ | 2013年10月 »