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2015年5月の記事

2015年5月26日 (火)

大阪都構想否決、その後の反応は?・・・覆水盆に返らず

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産経新聞とFNN52324日両日行った合同世論調査によると、「大阪都構想」 が517日の住民投票で反対多数となったことを 「評価しない」 とする回答が46.4%となり、「評価する」 の39.6%を上回った。約1万票の僅差で反対が多かった投票結果とは逆の評価となった。

更に、毎日新聞が52324日行った調査でも、都構想への反対が賛成を上回り、大阪市が存続することになった17日の投票結果について 「良かったと思わない」 との回答が42%で、「良かったと思う」 の36%を上回ったのである。

この二つの世論調査から言えることは、「大阪都構想」 否決との結果が出てから 「その事の重大さ」 に気がつき、こういう反応になったのではないかと推測している。今更、「覆水盆に返らず」 である。

投票結果によると、若い世代20代~50代では賛成が反対を上回ったのであるが、人口の多い60代~80代以上では圧倒的に反対が多かったのである。即ち、大阪市がなくなると敬老優遇パス等が受けられなくなると言った、ネガティブ・キャンペーンが功を奏し、最終的に否決されたのである。

若い世代にとっては、目先の短期的な良し悪しではなく、将来大阪が発展して行くかどうかという、将来の発展ビジョン(夢)の方がより重要なはずである。従い、20年~30年先を見た議論をして欲しかったのであるが、論点にもならずに終わったのは残念であった。守旧派の術中にはまり、改革派が破れてしまった現在では 「後の祭り」 である。

しかし、都構想賛成派、即ち改革を望む勢力は、住民の半数はいる分けであるから、これからの市政に於いて改革派が主張していたことがどれだけ取り上げられ、今後の大阪の発展に結び付けられるのか注視して行きたい。そして、最終的には私が以前から主張している統治機構改革 (維新の党の党是でもある) へと歩を進めて行ってもらいたいと願うものである。

2015年5月18日 (月)

大阪都構想否決・・・将来の「発展ビジョン」幻となる

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2015517日(日)、「大阪都構想」の賛否を問う住民投票が実施され、反対705585票、賛成694844票、その差僅か1741票という僅差で否決された。

投票が終わり開票が始まるとテレビの前に釘付けになり、その行方を注視していた。最初は、賛成票が少し上回る状況で推移していたが、開票率が81%を越した当たりで、急にNHKの調査見通しが入り反対派が最終的に勝利するとの報道がなされ、愕然とし大ショックを受けたのである。

大阪都構想は 「大阪将来の発展」 の為には是非可決しなければならないという思いが非常に強かった為、落胆の度合いも並大抵ではなく、この晩は悔しくて良く眠れなかったのである。

何が勝敗を分けたのか、自分なりに推測してみると、「大阪の未来」 についてはほとんど争点とならず、身近な問題ばかりが焦点として取り上げられ、大阪都構想が実現しても住民サービスは良くならない、むしろ弱者(高齢者・女性)にとってはサービスが切り捨てられるといったネガティブ・キャンペーンが功を奏したのではないかとみている。

キャスティングボードを握ったのは、60歳以上の老人パワーであったと感じた。この年代は、有権者も多くネガティブ・キャンペーンにより、地下鉄・市営バス等々の敬老パス、老人医療の優遇が受けられなくなるといったキャンペーンのお陰で60歳以上では51.8%が反対、70歳以上では実に3分の2に当たる63.8%が反対に廻ったのである。全体としては賛否拮抗していたが、60歳以上の人々の投票結果が最後の決着をつけたのではないかと思った。

大阪都構想に対する戦いは、基本的には守旧派と改革派の戦いであった。守旧派即ち、既得権益を失う各党(自民・公明・民主・共産)、業界団体、地域団体、そして既得権益を守ろうとする大阪市議、大阪市職労、が一致団結して、改革派である大阪維新の会へ立ち向かったのである。

まさに多勢に無勢、過去の選挙で維新の会に翻弄させられていた連中が、呉越同舟(自民党・公明党と民主党・共産党)で将来の見通しも何もないのに、今度ばかりは結束して現状維持を訴えたのである。現状維持は、対案でも ビジョン でもないのに,政策も主張も正反対の自民と共産が手を組むとはまさに言語道断であると言わざるを得ない。

橋本徹という未曾有の維新リーダー、革命児、風雲児、旋風児、いろいろ形容されるが、突出が目立つ出る杭である。「出る杭は打たれる」 の如く、京都大学教授・藤井聡をはじめとする学者と言われる連中からも反対運動をされたのである。何故、政治経験もなにもない学者 (国の税金で飯を食っている連中) が出て来て、ごちゃごちゃかき回すのか腹立たしく思っていた。公開の場で橋本氏と討論を行えば、ということになるとそれを避けたのである。私は決して学者と呼ばれる連中の言うことは、やっかみ半分であると信じてはいなかったのである。

兎にも角にも、賽は投げられた。しかし、問題が解決して終わったのではない。現状維持に決まっただけで、大阪を取り巻く環境は依然として非常に厳しく、大阪のGDPの全国に於けるシェアは低下傾向が続き、地盤沈下は否めない。更に、三大都市圏で最も早く人口減少を迎え、全国を上回るスピードで高齢化が進んでいる。二重行政も解決した分けでもない。果たして大阪都構想なしでこれらの問題を解決できるのか?疑問が残されたままである。

そして、私が最も危惧するのは、20年~30年先を見た大阪将来の発展へと導く構想 (ビジョン) が葬り去られたことである。大阪将来の発展を願うのであれば、現状維持といった狭い範囲のみで行政を考えるのではなく、大大阪として取り組まなければ解決出来ない問題であるからである。目標となる都市は、海外のシンガポールであり、大ロンドンである。これらの都市を参考とする内容については、323日発行のブログ 「大阪都構想は是か非か・・・長期的視点で判断すべき!」 (文字をクリックすると繋がる)で述べているので、此処では述べない参照ください。

いずれにしても5年間に渡る革命児、橋本徹の大阪改革の挑戦は終わったのである。果たして今後、彼に変わるような傑出したリーダーは出て来るのであろうか?出て来て欲しいが、私が生きている間には難しいのではないだろうか?かって大阪は、「堺屋太一」、「安藤忠雄」、という傑出した ビジョナリスト 生んできた街でもある、若くて勇気のある維新の志士が出て来て欲しいと願う次第である。

            都構想  実現による  夢ビジョン 幻となり  むなしさ残る

2015年5月 2日 (土)

安倍首相 「米上下両院での演説」 を聞いての感想

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430日未明、安倍首相は米議会の上下両院合同会議(両院の議員が一同に集まる)で演説を行った。上下両院の合同会議で日本の首相が演説を行うのは初めてであった。過去、日本の総理としては、岸信介首相、池田勇人首相が演説を行っているが上下両院合同議会ではなかった。

日本の首相としての演説は、池田勇人首相以来の54年振ぶりとなるものであった。2006年小泉首相の訪米時に上下両院合同会議での演説の案が浮上していたが、米議会で小泉氏の靖国神社参拝を問題視する声が出て実現しなかった。

安倍首相も20131226日、突然靖国神社を参拝し、各国から痛烈な批判を受けた。同盟国である米国からさえも「失望」の意を表明されたのである。この件は、20131227日発行のブログ 「安倍首相の靖国神社参拝は自殺行為である」 (文字をクリックすると繋がる)でも述べている。

今回の上下両院合同会議での演説への招請は、靖国神社参拝を乗り越えての招請であったのである。と言うことは、安倍首相が賭ける日米同盟に対する非常に強い意欲が米議会に伝わり、靖国参拝問題を乗り越えさせたのであると解釈するべきと感じたのである。しかし、靖国神社参拝問題は決して解決したわけではないことを肝に銘ずるべきである。

今回の米国訪問時、安倍首相は演説に先立って、アーリントン国立墓地を訪れている。この墓地は、政教分離の観点から特定の宗教形式を押し付けず、信仰の自由を保障しているのである。この墓地は1896年に築かれ、戦没者やテロ犠牲者などのアメリカ合衆国のために尽くした人達の墓地となっている。

アーリントン国立墓地への参拝は、各国の指導者達が訪れているが何の問題も起きていない。所が、靖国神社となると各国の指導者は誰一人として訪問していない。日本の元首である天皇ですら197511月を最後に訪れていないのである。

何が違うのか?先日(426日)、NHKスペシャルで 「戦後70年・ニッポンの肖像、日本人と象徴天皇」 を放送していた。1978A級戦犯が靖国神社に合祀された。この後、昭和天皇は靖国神社参拝を止めたのである。昭和天皇自身では、明確に理由を述べていないが、1986815日に詠んだ歌がある、それは 「この年の この日にもまた 靖国の みやしろのこと うれいはふかし」 である。この歌の中の “うれい” とは何か当時の侍従長は、「A級戦犯の問題です」と明言している。天皇は、A級戦犯が合祀されたことに対して、「禍根を残す」 とも発言していたのである。

以後、天皇家としては一切靖国神社へ参拝していないのである。こういういきさつであるにも拘わらず、国会議員の一部の人々は、大手を振って参拝を続けているのである。参拝の事実がテレビで放映される度に、私はまた茶番劇が始まったという冷めた目で見ているのである。これの解決策は、上記のブログの中で述べているので此処では述べない。

前置きが長くなったが、本題の安倍首相の演説に戻る。演説は、英語で行われたが、これは非常に良かったと思う。日本語で行うべきであると指摘する識者もいるが、これには賛成しない。日本語で行えば、通訳が入るため時間が倍に伸びる。45分の演説であれば、90分以上になり冗長さを感じさせることになる。

英語で、一語一語ゆっくり噛みしめるような発音での演説であり、聞いている人も内容が良く理解出来、リアルタイムで反応が返って来ていた。聞いていて感動する場面では、立ち上がって拍手するスタンディングオベーションが実に14回も行われたのである。そして、拍手だけだと35回にも及んだのである。

演説の内容は、米国人の胸を打つ巧みな言葉がふんだんにちりばめられた内容で有り、安倍首相の意図をうまく演説としてまとめ上げられているなと感じた。スピーチライターは誰であるのか知らないが、苦心がにじみ出た、非常に素晴らしい内容であった。

第二次世界大戦に対する反省については、「痛切な反省を胸に、歩みを刻みました。自らの行いが、アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目をそむけてはならない。これらの点についての思いは、歴代首相と全く変わるものではありません。」 とさらりと述べていた。事前に中韓が求めた、「侵略」とか「謝罪」とかいう文言は一切使用していなかったが、歴代首相の思いを全て受け継ぐと述べているので、これで充分であると受け止められたのではないかと感じた。後のコメントで中韓は常套句のように反省が不十分であると言っているのであるが。

今回の演説で、安倍首相のグローバルな物の見方・考え方が良く伝わったと思う。特に、「国際協調主義にもとづく、積極平和主義」、更に法の支配、人権、自由を尊ぶ、価値観を共有すること等が理解され、一時は「歴史修正主義者」というレッテルを貼られていたが、その疑いも晴れたのではないかと感じた。その証拠が、演説が終わってから、多数の米議員から相次いで握手を求められていたことである。

安倍首相の米国議会での演説は成功裏に終わったが、日米間に横たわる問題は、まだまだ山積しているのである。TPP交渉の早期妥結決着、沖縄普天間基地名護市辺野古への移設、そして今回約束した安全保障法制関連の法案成立、等々である。これらの課題を、先頭に立って解決して行くべき、真のリーダーシップを発揮して欲しいと願う次第である。

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