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2015年6月の記事

2015年6月22日 (月)

都構想否決後のIRに対する市議会・府議会の反応は?

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今朝(622日)の産経朝刊、大阪都構想否決後の大阪市議会・大阪府議会の統合型リゾート(IR)に対する今後の見通しが報ぜられていた。

それによると、大阪維新の会代表の橋下大阪市長が 「経済活性化の起爆剤」 と位置づけてきたカジノを含む IR 建設は暗礁に乗り上げるだろうと言うものである。建設に向けた調査費の予算案が市議会で大幅に減額修正された、そして府は取り下げを決めたからである。

IRの予定地は、大阪湾岸部の人口島 「夢洲」 の一角である。約30ヘクタールの土地の先に、用地拡充のための埋め立てを待つ約50ヘクタールの海が残っている。この残りの埋め立てに関する調査費なども含む7,600万円の予算案が経済効果の調査などに絞った3,000万円に減額修正された。市と調査費を折半する予定であった府は、「府だけで出来る話ではない」 として予算案そのものを取り下げたのである。

果たしてこれで良いのだろうか?疑問が残ったままである。IR実現不可能になった場合、予定していた約80ヘクタールの土地は、またしても遊休地として残る。もともとこの土地は2008年夏季五輪を誘致した時は、選手村を建設する予定となっていたが、五輪誘致の夢が破れ、遊休地として残っていた。

この残っていた遊休地は、都心や関西空港からのアクセスが良く、これに目を付けた橋下市長が、外国人観光客激増の切り札として、松井知事と共にIR建設という新たな夢を提案して来た土地なのである。

大阪都構想は確かに選挙で否決された、橋下市長が描いていた夢は一端ご破算になったわけであるが、全て一からリセットすべきであるという民意であったのだろうか?選挙結果の賛否の差は僅か一万票、率にすると0.8%である。

そして中身を吟味すると、反対票は60代~70代の有権者の投票が多く、若い世代ほど賛成票が多かったのである。言い換えると、高齢有権者に対すネガティブ・キャンペーン (敬老優遇パスがなくなる等) が功を奏した結果であったからである。その証拠として言えるのは、選挙が終わった約一週間後に行われた二つの世論調査で共に、選挙結果は 「良かったと思わない」 が6~7ポイント多かったのである。夢を描いていた若い世代が失望したのではないだろうか?

選挙結果を受けて、橋下市長は残された任期 (今年の12月迄) を全うした上で次の市長選には立候補せず、今後は政界からは身を引くと言っているのである。橋下市長の決定は、潔い良いものとして受け入れるとしても、残された大阪維新の会メンバーそして橋下市長が描いていた夢構想に期待していた市民・府民はどうなるのだろうか?

橋下市長が行って来た改革を継続して行く強い意志のある後継者を選出して、次期市長選挙に立候補させ、橋下市政を継続して欲しいと願うのである。自民党を含む守旧派が画策している現状維持プラス・アルファの疑似改革では大阪は衰退の一途をたどるだけである。

先日619日、橋下徹大阪市長は市内のホテルで後援会主催の最後の政治資金パーティーを開いた。パーティーは非公開で行われ1500人以上が出席、石原慎太郎元東京都知事が姿を見せるというサプライズがあり、国政進出を促したようである。橋下市長の後見人的存在であった堺屋太一氏も出席、引退を思いとどまらせるような発言が多かったと聞いている。橋下徹という、稀代の突破力を持ち、リーダーシップに富む、政治家はそんじょそこらにすぐ出て来るとは思われない、引退が惜しまれる、捲土重来を期したい。

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2015年6月17日 (水)

W杯2次予選 初戦 苦戦スタート ・・・ 歴史は繰り返す

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サッカーW杯ロシア大会(2018年)のアジア2次予選が始まった。初戦は、シンガポール戦である。シンガポールの最新FIFAランクは154位、一方日本のランクは52位であり、ランクから判断すると日本が圧倒的に有利と判断される。しかし、サッカーは不条理なスポーツの代表例としてあげられる通り、何が起こるのかわからないのである。

圧倒的に攻め、決定的なチャンスを何度もつくっていても得点出来ないことがあり、逆にカウウター攻撃により一瞬のスキをつかれ敗れるということが起こり得るのである。3日前の試合、フランス対アルバニアの親善試合でFIFAランク9位のフランスがFIFAランク51位のアルバニアに 1:0 で敗れたのが好例である。

対シンガポール戦という事で想い出されるのは、ドイツW杯(2006年)の1次予選シンガポール戦である。この試合は、私がシンガポール在住時にシンガポールで行われたW杯予選である。2004331日にジャランベサールスタジアム(8000人収容)で行われたが、チケット入手が困難と予想されたので、発売日に早くから並んで入手し、見に行ったのである。

当時の日本のFIFAランクは27位、シンガポールは108位であり、現地の新聞の予想でも大差で日本が勝つであろうというものであった。どれだけの大差で勝つのかという楽しみ目当てに観戦したのである。

当時日本の監督はジーコ、FWは高原直泰、柳沢敦、MFは中田英寿、中村俊輔、小野伸二、稲本潤一、DFは三都主アレサンドロ、加地亮、宮本恒靖、坪井慶介、GKは楢崎正剛、というそうそうたる先発メンバーで当時は最強と黙されていたのである。胸ワクワク、ドキドキ、させながら見に行ったのである。

所が、試合が始まると、あにはからんや日本の実力通りの試合はさせてもらえず、苦しい試合展開になったのである、それでも前半34分に高原のゴールで1点を先行して前半を終了、後半に入ると8分経過した63分にシンガポールから1点を返され1:1の同点にされた。この同点の時間がしばらく続き、この先試合がどう展開して行くのか分からない状態となったのである。

後半、67分中村俊輔に替わり藤田俊哉、69分に柳沢敦に替わり鈴木隆行、76分に高原直泰に替わり玉田圭司、と攻撃陣が変えられ、得点奪取に向けてリフレッシュされた。この結果、やっとのおもいで終盤82分に藤田俊哉のゴールで勝ち越し2:1の僅差勝利、まさに九死に一生を得たのである。

やれやれ、やっと勝ったのかという気分であった。FIFAランクに大きな差があっても、サッカーの試合に決して楽な試合はないという事を痛感させられたのである。

果たして、今日の試合はどうなるのだろうか?事前の親善試合、チュニジア戦、ウズベキスタン戦、イラク戦、いずれの戦いも好調で日の出の勢いで迎える公式戦本番、否が応でも期待が高まる一戦である。私の事前の予想では、6:0での勝利である。がしかし、サッカーとは不条理なスポーツ、何が起こるかわからないという一抹の不安も抱いていたのである。

試合が始まると、実力差は明らかで日本が一方的に攻め込む形がずっと続いた。この分だと最後まで戦えば、かなりの点数が入るだろうと見守っていた。シンガポール側は、攻撃をほとんど仕掛けてこず、守り一辺倒であり、負けるとい感覚まったくなく、試合が進んで行ったのである。

前半だけでもシュートの数は10本、シュートの正確さを欠いたのと、相手ゴールキーパの好守備もあり点に結びつかず、気がつけば前半終了間近、こんなはずではなかったのにと思いながら前半が終了してしまった。

後半に入っても相手は引いて守る事に徹している中、日本は素早くボールを奪って攻撃を仕掛けるのであるが、相手の組織だった守備、ゴールキーパの好判断・好守備に再三シュートを阻まれスコアレスの状態が続いた。

兎に角、1点を取れば勝てるという試合、最大のチャンスは55分太田のクロスに対して飛び込んだ岡崎のヘッディングシュート、ゴール内にボールは入ったが地面に落ちる前にゴールキーパが手ではじき出してしまった。相手ゴールキーパまさに獅子奮迅の働き、敵ながら “あっぱれ” と言わざるを得ない好セーブであった。

後半16分、香川に替えて大迫を投入、岡崎との2トップ構成にし、サイドからの攻撃を試みるがなかなかうまく繋がらない。後半26分 柴崎 → 原口、後半33分 宇佐美 → 武藤、と攻撃的な選手を投入し、総攻撃をかけるが、焦りからミスも多く得点出来ず、まさかのスコアレスドローという結果となった。

終わって見れば、日本のシュ-トの数は23本、シンガポール2本と圧倒的な差であったにもかかわらず結果はドロー、勝ち点3を取り損ね1となってしまった。11年前の苦戦が再現された。歴史は繰り返したのである。

W2次予選E組の戦いは、まだ始まったばかりである、これから長丁場の試合が来年の3月末まで続く、体制を立て直し、新たな気分で進んで行って欲しいと願う次第である。

      何故なのか  苦戦の歴史  繰り返す  W杯予選  シンガポール戦

2015年6月 5日 (金)

錦織圭、全仏オープン 準々決勝で敗れる ・・・ 残念無念

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テニスのグランドスラム第2戦、全仏オープンが524日からフランス・ローランギャロスで始まった。日本人として初めてグランドスラム優勝が期待される錦織圭(世界ランク5位)の挑戦は残念ながら準々決勝で終わってしまった。今回の全仏オープンでは、前哨戦での戦い振り、フィジカルな面、組み合わせ抽選、等々全て条件が有利な方に傾いていたので、今度こそはトップへ突き抜けるのではないかと期待していたのであるが、残念ながらそうならなかった。そこら当たりを振り返ってみたい。

前哨戦での戦い

グランドスラムに入る前の前哨戦3つの戦い(いずれもクレーコート)について振り返って見ると。

420日~427日に行われたATP500 バルセロナ・オープン、錦織圭は第1シードとして出場、ライバルになると黙されていた、ラファエル・ナダル、ダビド・フェレールは錦織と当たる前に敗れ、昨年に引き続き優勝し連覇となった。

53日~511日に行われたATP1000 マドリード・オープンでは準決勝まで進み、世界ランク3位のアンディー・マレーに敗れたが、少し疲労もたまった中での戦いであり、まずまずと評価出来る戦いであった。昨年は、この戦いで決勝に進み、当時世界ランク1位であったラファエル・ナダルと対戦、セットカウント1-1の後、体調不良(股関節痛)により棄権し準優勝に終わった。しかし、この股関節痛が尾を引き、全仏オープンでは1回戦で格下の選手にストレートで敗れたのである。

510日~517日に行われたATP1000 イタリア・オープンでは準々決勝で世界ランク1位のノバク・ジョコビッチと対戦、試合はほぼ互角に進みセットカウント1-1の後、最終セット4ゲーム目でジョコビッチは得意のショットであるバックハンドのドロップショットを使い錦織を揺さぶりミスを誘いブレークに成功。その瞬間ジョコビッチは雄叫びをあげて自分を奮い立たせ、以降のゲームで錦織に1セットも与えることなく一気に終止符を打ったのである。さすがにジョコビッチの強さが光った試合であった。しかし、錦織は 「王者ジョコビッチを苦しめた」 ことでかなりの自信を持ったとコメントしていた。

前哨戦での戦いは、あまり無理することなくフィジカル面での良さ(強さ)を残したまま終了した。そして、1週間のブランク(休養期間)があり全仏オープンへと入って行く、流れとしては理想的な入り方であった。

組み合わせ抽選の結果

世界ランク5位、第5シードで行われた2015年全仏オープンの組み合わせ抽選結果は、錦織圭にとって非常にラッキーな結果となった。即ち、直前の前哨戦で敗れている、第1シードのノバク・ジョコビッチ、第3シードのアンディー・マレー、そして全仏オープンで9回優勝、現在も5連覇が続いているクレーコートに絶対の自信を持つラファエル・ナダルとは、決勝戦まで当たらないグループに入ったのである。

錦織圭と同じグループに入ったのは、第2シードのロジャー・フェデラー、第4シードのトーマシュ・ベルディヒ、第8シードのスタン・ワウリンカ、等々であり順当に勝ち上がれば準々決勝戦でトーマシュ・ベルディヒ、準決勝でロジャー・フェデラーと当たるのである。トーマシュ・ベルディヒと錦織圭の過去の対戦成績は、錦織が31敗とリードしていて相性は悪くないのである。ロジャー・フェデラーとの対戦成績は、23敗と錦織がリードされていて決して楽な相手ではなく、決勝戦に進むに当たり最大の難敵と予想された。ロジャー・フェデラー33歳、錦織圭25歳、であり年齢差8歳、若さで縦横無尽に走り回りこの難敵を破って欲しいと願っていたのである。

全仏オープンの組み合わせ抽選結果を受けて、2015524日に発表されたイギリスのブックメーカー・ウイリアムヒルの優勝予想オッズは以下の通り、

    1位 ノバク・ジョコビッチ 1.83倍   2位 ラファエル・ナダル 5.50倍  3位 アンディー・マレー 11.00                              4位 ロジャー・フェデラー 12.00倍  5位 錦織圭 13.00倍  6位 スタニスラス・ワウリンカ 26.00

であり、錦織圭は競馬で言う単アナ的な存在とみなされ、優勝候補の一角と評価されていたのである。

全仏オープンでの戦い

1回戦の相手は、地元フランスのポールアンリ・マチュー、現在の世界ランクは123位であるが、2008年には世界ランク自己最高12位をマークした33歳のベテランである。初戦は、どの試合でも緊張するもの、しかも地元のマチューとアウェーの戦い、決して楽な戦いではなかったが、6-37-56-1でストレート勝ちした。

2セット中盤で第1サーブの確率が急落、マチューのスピンをきかせた高く跳ねるボールで苦しめられ、立て続けにブレークを許したが、慌てることなく集中力を高め、第12ゲームで相手のサービスをブレークし、その後は一方的な展開となり勝利したのである。

2回戦の相手は、ブラジルのトーマス・ベルッシ、世界ランク40位で全仏オープン直前の週、ジュネーブオープンの優勝者である。ツアー優勝4勝がすべてクレーコートというクレー巧者であり、2週前のイタリア・オープンでは、強烈なストロークで優勝したジョコビッチからセットを奪いたじろがせていた。

その勢いを止めるには、第1セットがカギだった。互いにサービスキープして進み、ゲームカウント5511ゲーム目でやっと相手のサービスをブレークし75で押し切った。第1セットはどちらに転んでもおかしくないようなゲーム展開であったが、少しの差で逃げ切った。そして、続くセットを連取し、7-56-46-4のストレート勝ちしたのである。

3回戦の相手は、ドイツのベンジャミン・ベッカー、世界ランク48位で2回戦の相手より格下の相手となった。所が、ここで錦織に取ってはラッキーなことが起きたのである。即ち、ベッカーは直前の試合でスペインのベルダスコとフルセットとなる大接戦の末勝利したのであるが、激闘の結果、右肩の筋肉を裂傷し棄権したのである。錦織にとっては思わぬ形でベスト16進出が決定。前半戦の戦いでエネルギー消耗を防ぐ事が出来、ツキが廻って来たな!と感じた。

4回戦の相手は、ロシアのティムラズ・ガバシュビリ、世界ランク74位であるが、1回戦で格上の世界ランク12位のフェリシアーノ・ロペス(スペイン)、2回戦で同じく格上の世界ランク35位のファン・モナコ(アルゼンチン)、3回戦で同じく格上の世界ランク43位のルーカス・ロソル(チェコ)、と次々と格上を破って来た絶好調の相手である。

この試合は雨で、試合開始が3時間近く遅れてスタートした。気温16℃、雨交じりの強風下というコンディションは最悪の状況。ガバシュベリは強烈なフォアハンドを持っており、これに苦しめられる場面もあったが、粘りを見せた錦織が集中力を切らさず、チャンスにしっかりウイナーを決めて、絶好調の相手を、6-36-46-2のストレートで下し、全仏オープン初の準々決勝進出を果たしたのである。

準々決勝戦の相手は、4回戦で世界ランク4位のトーマシュ・ベルディヒ(チェコ)を破って勝ち上がって来た、世界ランク15位のジョーウィルフリード・ツォンガ(フランス)となった。ツォンガの世界ランク最高位は5位で、2014ATP1000 ロジャーズ・カップ(カナダ・モントリオール)では、ノバク・ジョコビッチ、ロジャー・フェデラー、アンディー・マレーという世界のトップランカー3名を破って優勝している実力者である。

過去、錦織とツォンガの対戦成績は、錦織が41敗でリードしていて、錦織にとって決してやりにくい相手ではないと思われたが、クレーコートでの対戦は今回が初めてあった。

試合の立ち上がり、予想以上の強風、ツォンガの強力なサーブ、粘りのあるストローク、等々に悩まされ、いつもと違う立ち上がりとなった。早く決めようと焦って攻め急ぎ、ウイナーが決まらずアンフォースドエラー(凡ミス)を連発し、自分を見失ってしまった。1セット目は6-12セット目は5-2、とさんざんな出来となってしまった。

所が、2セット目5-2となった時点で、ハプニングが起きた。客席上段のスコアボードに設置されていた鉄板が落下、観客3名が軽傷を負う事故が起きた。試合は、40分間中断された。この中断により、流れが変わった。中断の間に、コーチとの接触もあり、気持ちの切り替えが出来たようである。

中断直後は、いきなりサービスブレークし4-5まで追い上げたが、このセットは4-6で落とした。しかし、試合の流れは変わり、いつもの錦織を取り戻していた。第3セット、第4セット、ツォンガ、ツォンガ、と言うコールが湧き上がる中、ツォンガはファーストサービスをびしびし決め、互角の戦いが続いたが、調子を取り戻していた錦織は、うまく対応して6-46-32セット連取し、遂にセットカウント22のイーブンまで戻したのである。

最終セットに入ると、大観衆の後押しもあり落ち着きを取り戻したツォンガは、サービスゲームに集中し220キロを超すサービスを入れて来た。お互いサービスゲームをキープして進む中、第4ゲーム錦織のサービスゲーム40-15とリードしていたが、この後フォアハンドのミス3本とダブルフォールトが重なり、虎の子のブレークを許してしまった。ツォンガはそのまま自分のサービスゲームをキープし、2年ぶり2度目のベスト4進出を果たしたのである。

戦い後のコメントと次への期待

3時間50分の激闘が実らず錦織は無念そうに、「最初は風にやられた。相手の嫌なところ(バック)を突くべきだったが、風の中で無理にポイントを取ろうと急いでしまった。中断が入るまで自分を見失っていた。」とコメント。そして、「最後は紙一重。クレーで良いテニスが出来て、去年以上に結果出せ、そこまで落胆はしていない。少し休んでグラス(芝・・全英オープン)でも良い準備をして行きたい」 とコメントしていた。

グランドスラム第2弾、クレーでの戦い全仏オープンは準々決勝で終わったが、次グランドスラム第3弾、全英オープン芝での戦いが、629日~712日にかけて行われる。捲土重来を期したい。

      錦織圭  グランドスラム  初制覇  信じて待とう  達成する日を

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