フォト
無料ブログはココログ

« 2016年3月 | トップページ | 2016年5月 »

2016年4月の記事

2016年4月30日 (土)

尿路結石の石が出た・・・今度こそは完全解決か?

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

423日午後630分頃、トイレに行き小便をしたところ、ちくりと痛さを感じると共に尿路結石の石が出た。貴重な証拠物件であるため、便器から手で取り出した。大きさは、長手方向が7mm、横幅が5mm、色は黒褐色で、いびつな形である。まるで鉄くずの塊であるかの如く非常に硬いものであった。

511日、公済病院・泌尿器科の予約が入っているため、検査 (レントゲン・超音波検査) は毎月行っていた通りに行ってもらうが、今度こそは完全解決であると思っている。石は証拠物件として提出する。

元々、ことの始まりは、昨年716日の午後、カラオケの最中に左下腹部が痛み出した事から始まったのである。詳細は、2015724日発行のブログに記載している。下記文字をクリックすると繋がります。

嫌なやつが20数年振りに帰って来た・・・尿路結石

その後、毎月1回石が何処にあるのか確認検査を行って来ていた。最初は、尿路の真ん中当たりにあったが、昨年の924日、3回目の検査で尿路から石が消えた。完全解決かと思い、その時以来 薬を飲むのを中止したのであるが、2週間後当たりからまた痛み出した。

再度、病院へ行き精密に検査をしてもらったところ、膀胱の少し上くらいの所で止まっていることが判明した。そして、再度所定の薬を飲み出した。薬を飲んでいても、石が残っている限り、いつまた何処で腹痛が起こるか分からず、外出時は、痛み止めの座薬 (ボルタレン・サポ) を常に携帯していたのである。

この後も、腹痛は時々起こり、毎月1回病院で検査を受け続けてきた。年が明け316日の検査でも、膀胱の入り口当たりに石は残っていた。325日~27日と三日続けて腹痛が起こり、座薬で凌いでいた。所が、327日夕方便器が真っ赤になるほどの血尿が出た。病院へ電話して、対処方法を確認した所、熱がなく痛みもないのであれば、そのままで良いとのことであった。

多分、尿路の中で石が動き、尿管との摩擦で出血したのではないかと推測している。これで石が尿路から膀胱へおちたのではないのか?と期待して次の検査日、413日に臨んだのであるが、残念ながら石は膀胱の入り口に顔を出した所で止まっていた。毎回、尿の検査も同時に行っていたが、今回は少し血が混じっていた。

そして、遂に423日午後630分頃出たのである。石があると分かってから実に9ヶ月強かかって排出された。この9ヶ月間は時々不定期で起こる腹痛に悩まされ続けて来た。これでやっと解放されたのか!との思いである。

尿路結石という非常にやっかいな持病、人生の終盤迄ついて来て悩ませるとは、もういい加減にして欲しい。今回で我が人生、最後で有ることを望む。

512日追記 : 病院での尿路結石 検査結果・・・予想通りOKとなった

511日、公済病院・泌尿器科の予約の通り、病院へ行き検査を受けた。予想通り今回、尿路結石は完全になくなっていた。出た尿路結石は持参し医師に渡した。どういう成分で出来ているのか分析するそうである。

これで約9ヶ月間服用し続けて来た、4種類の薬を飲まなくても良くなったことと、突然の腹痛に襲われる心配がなくなり、一安心である。しかし、私の体質として石が出来やすい体質であるため、半年後の119日に再検査するように進められ予約を入れたのである。

2016年4月17日 (日)

熊本地震で感じたこと・・・今後の対策はどうあるべきか?


にほんブログ村

414日午後926分頃、熊本県益城町で震度7の地震が発生した。震源地は熊本の中央、震源の深さは約11キロでマグニチュード6.5であった。所が、16日未明午前125分頃、マグニチュード7.3の本震が発生し、更に被害が広がった。M7.3は阪神・淡路大震災と全く同じ規模である。

今回の地震は、阪神・淡路大震災の21年後、東日本大震災の5年後であり、大震災が発生するサイクルが非常に早くなっていると感じるのである。「災害は忘れた頃にやって来る」 の格言を全く逸脱している。地震列島日本、次は何処に飛び火するのか戦々恐々である。

常識が全く当てはまらない状況となっている。阪神・淡路大震災が発生する前には、先に東海地震が発生すると予測され1978年に静岡県下を中心とした 「地震防災対策強化地域」 を設定し、体積歪計やGPSなどの観測機器を集中して設置することで、世界でも例を見ない警戒宣言を軸とした 「短期直前予知を前提とした地震対策」 をとることになった。

所が、恐れられていた東海地震は、その後37年間に渡って発生していないのである。それに変わって、全く予測されていなかった、阪神・淡路大震災、東日本大震災、そして熊本大震災の発生である。人間の叡知をあざ笑うかのような自然の振る舞いである。

とは言うものの、いずれ東海地震、東南海地震、南海地震、等々は発生するのだろうが! いつ発生するのかと言う事は現在の地震予知レベルでは、残念ながら予測出来ない。

しからば、地震対策はどうあるべきだろうか?活断層が何処を走っているのかについては、長年の研究により、徐々に明確になって来ている。少なくとも、活断層の上には、建物、道路、等々建造物を作らないようにし、万が一地震が発生しても被害を少なくするような対策はとるべきである。

原子力発電所の新しい規制基準では、活断層の上には設置を厳しく制限するようになっている。しかし、原子力発電所の設置基準以外の所では明確な規制基準はない。

熊本地震を契機に、活断層の上には建造物を作らせないような施策を行政として行うべきであると思う。まず手始めに公共の建造物、即ち 道路、鉄道、トンネル、公共の建物 (学校、市庁舎) 等々から規制基準を作成、そして法制化を進めて行き、順次民間の大規模建造物、小規模建造物へ拡げて行ってはどうだろうか?

民間へ拡げて行くことに関しては、所有している土地の値段が下がる、あるいは買い手がなくなり売れなくなる、等々一筋縄では行かない。従い、社会の常識、人々の物の考え方、等々 時間かけ教育を行い、徐々に変えて行くことから始める必要があり、長期なるだろうが、やる価値はあると思う。

2016年4月 7日 (木)

錦織圭・・・ATPテニス 1000マスターズ 2戦 を振り返る


にほんブログ村

弥生3月、春本番を迎え いろいろなスポーツがスタートしました。今回は3月~4月初めにかけて行われたテニス、ATP1000マスターズ2戦について、錦織圭の挑戦を振り返ってみます。

1.錦織圭・・・BNPパリバ・オープンに挑戦・・・まだまだ力不足を感じた

39日~20日にかけてATPテニス マスターズ1000 BNPバリパ・オープン (グランド・スラムに次ぐツアー大会) が米国カリフォルニア州・インディアンウェルズで開催された。世界ランク上位の選手はほとんど参加していた。

錦織圭は第5シードとして5日目の2回戦から登場。2回戦の相手は、世界ランク90位のミハイル・ククシュキン (カザフスタン)、格下であり6-36-3、のストーレで快勝した。

3回戦は、世界ランク35位のスティーブ・ジョンソン (米国NO3)、ジョンソンは錦織の第2サーブに対して、積極的にフォアに回り込んで強打を繰り出した。更にサーブも強力で錦織は苦戦を強いられた。結局、1セット、2セットともフルセットのタイブレークにもつれ込んだが、何とか凌いでタイブレークをものにしての勝利となった。勝った後も、うつむき加減で錦織の表情はさえなかったのである。

4回戦は、世界ランク11位のジョン・イスナー(米国NO1)、イスナーは208センチの長身で高速サーブの持ち主である。第1サーブは常に220km前後という手強い相手である。過去の対戦成績は11敗の五分、今回も苦戦が予想された。

案の定、第1セット目はイスナーの高速サーブに対応できず、1-6で簡単に落としてしまった。2セット目から、錦織は戦術を変え、自分のサービスゲームに集中しキープし続けた。しかし、相手のサービスは強力で23本のサービスエースを浴び、一度もブレーク出来ず、2セット目、3セット目ともタイブレークにもつれ込んだ。

2セット目のタイブレークでは、相手のミスにつけ込んでこのセットを取ることが出来た。3セット目のタイブレークでは、6-5から会心の読みで222kmの高速サーブを捉えフォアで返した。イスナーのショットがラインを越え、決着となった。一部始終をビデオで観戦したが、凄い試合の一言であった。

準々決勝は、世界ランク5位のラファエル・ナダルとの対戦となった。過去の対戦成績は、17敗と大きく負け越しているが、この負け越しはナダルが全盛期の頃に戦った負けであり、最近の戦い2015815日のロジャーズ・カップ(カナダ/モントリオール)では、同じく準々決勝であたり、6-26-4、のストレートで勝利していた。

従い、かつての王者ラファエル・ナダル (グランド・スラム優勝14回) と言えども、全盛期を過ぎており、今の錦織であれば勝てるはずであると思っていた。所が、夜中の試合、朝起きて結果を見ると、4-63-6、のストレート負けであった。

何故と思いながら、ビデオで確認すると、第1セット序盤は3-1とリード、第5ゲームも15-40とブレークポイントを握りながら攻守で凌がれ、主導権を握れるチャンスを逃してしまった。ここからショットにミスが出始め、サーブの安定感も欠き負の連鎖となり、第6ゲームに続き、第10ゲームもブレークされ、このセットを落としたのである。

2セットに入っても、ナダルは第1サーブを90%の確率で入れ、なおかつスピンやスライスを交ぜて粘り強く返球、これに根負けして、劣勢をはね返すことが出来なかった。決して勝てない相手ではないと思ったのであるが、相手の上手さにまんまとやられてしまったと感じた。

準々決勝は順調に勝ち上がり、準決勝で王者ノバク・ジョコビッチとの対戦を期待していたのであるが、そうはならなかった。錦織は、現在世界ランク6位であるが、まだまだ 力不足であることを痛感させられる戦い であった。グランド・スラムを制する前にATP1000・マスターズ大会を制することが先である。次回、マイアミ・オープンATP1000で頑張って欲しい。

2.錦織圭・・・マイアミ・オープンに挑戦・・・王者の壁に屈する

321日~44日にかけてATPテニス マスターズ1000 マイアミ・オープン が米国フロリダ州・マイアミで開催された。この大会では、錦織より世界ランク上位の選手が、4回戦までにノバク・ジョコビッチを除いて、早々と敗退し錦織にチャンスが回って来た。

即ち、世界ランク2位のアンディー・マレーは、3回戦で敗退、3位のロジャー・フェデラーは体調不良で棄権、4位のスタン・ワウリンカは2回戦で敗退、5位のラファエル・ナダルは2回戦で途中棄権、こうした中 錦織は順調に決勝まで勝ち上がったのである。

錦織圭は第6シードとして5日目の2回戦から登場。2回戦の相手は、世界ランク107位のピエールユーグ・エルベール (フランス)、格下であり6-27-6、のストーレで快勝した。

3回戦は、世界ランク29位のアレクサンドル・ドルゴポルフ (ウクライナ)、ドルボルコフはトリッキーなプレーとサーブに警戒を要する選手であるが、相手を左右に振り、スピンサーブを多用し相手のミスを誘い、6-26-2、で快勝した。

4回戦は、世界ランク18位のロベルト・バウティスタ (スペイン)、過去の対戦は、全てクレーコートであったが、錦織の33勝であり、やりやすい相手である。この試合でも錦織はつけいる隙を与えず、一度もブレークポイントを握らせることなく、6-26-4、でストレート勝ち、ここまでは全く危なげなく勝ち上がって来たのである。

準々決勝は、世界ランク16位のガエル・モンフィスとの対戦となった。過去の対戦成績は、10敗。ガエル・モンフィスは黒人で 「スライダーマン」 の異名を持つ身体能力が高く要注意の選手である。

事前の予想通り、大変な試合となった。この試合、第1セットの第1ゲームでモンフィスにブレークされた錦織。第4ゲームではブレークバックに成功し、ゲームカウント2-2と追いつくも、続く第5ゲームで2度目のブレークを許して、今大会初のセットを落とした。第2セットでは第4ゲームで錦織がブレークし、その後はリードを守ってセットカウント1-1とした。

勝敗を決めるファイナルセットでは一進一退の攻防が続く中、第10・第12ゲームでモンフィスにマッチポイントを握られる。5度のマッチポイントを驚異的な粘りで凌ぎ、タイブレークに持ち込み、2時間29分に及ぶ激闘を制した。「どちらが勝っても不思議ではなかった」 と言うように、紙一重の勝利だった。結局、錦織が4-66-37-6、で下し、2年ぶりにベスト4へ進出した。

準決勝は、世界ランク26位のニック・キリオス (オーストラリア) との対戦となった。キリオスは20歳でオースオラリア期待の星、193cmの長身でビッグサーバーである。今回も世界ランク12位のミロシュ・ラオニッチを破っての準決勝進出であり、苦戦が予想された。

しかし、錦織はキリオスの強力なサーブを、好リターンで止め、第1セットは第3、第9ゲームをブレークし6-3で奪った。息詰まる攻防の第2セットは、淡々とサービスゲームをキープ、第12ゲームで好機をつかみ、2度目のマッチポイントで相手のサービスをブレークし、6-37-6、のストレート勝ちとなった。

決勝の相手は、世界ランク1位でダントツの強さを誇るノバク・ジョコビッチである。錦織対ジョコビッチの過去の対戦成績は、錦織の26敗である。所が、直近の全豪オープン、その前のATPツアー・ファイナルの2戦を見るといずれも錦織が完敗をしているのである。

全豪オープンでは、準々決勝での対戦であった。この時も、準々決勝まで勝ち上がる過程は非常に好調であり、何とか接戦に持ち込めるのではないかと淡い期待をしていたのであるが、完敗であった。

今回のマイアミ・オープンでも、錦織の調子は良く、今度こそは何とかジョコビッチを少しでも苦しめる試合をして欲しいと願っていたのであるが、またもや期待外れの完敗であった。

1セット目の第1ゲームでいきなり錦織がジョコビッチのサービスをブレーク、今回は希望が持てるかと思ったのも束の間、第2ゲームでブレークバックされる。そして、第3~第5ゲームにかけてお互いにサービスをキープ、ゲームカウント2-3となった。

次の第6ゲームでジョコビッチにサービスをブレークされ、ゲームカウント2-4となる。しかし、ここで踏ん張り次の第7ゲームで錦織がブレークしゲームカウント3-4まで戻した。第7ゲーム錦織のサービスゲーム、ここでサービスキープすれば全く互角の戦いになると思っていたのであるが、残念ながらブレークされ3-5となってしまった。

この試合で良かったのは第6ゲーム終了迄で、後はそのままずるずるとジョコビッチのペースで進み、1セット目は3-6で落としてしまった。

2セット目は、第1ゲームと第9ゲームでサービスブレークされ、一度も相手のサービスをブレークすることも出来ず、3-6で落とし完敗となった。ジョコビッチを崩す道筋が全く見えて来ない。

錦織のプレー自体はそんなに悪くなく、いろいろと工夫をして試合をしているのであるが、全て跳ね返され打開策を見つけ出せないのである。

今大会は、マイアミ特有の風を利用して緩く深い返球を多用したが、ジョコビッチはすぐに対応、普通の選手だとクロスにしか返せない球をダウン・ザ・ラインへと返し、錦織が決まったと思った球を逆に切り返して決めてしまう。まさに、王者の強さを見せつけられ、最後は疲れと集中力がキレあっけない幕切れとなったのである。

今回もまた、ジョコビッチとの力の差を痛感させられたのである。グランド・スラム制覇には、ジョコビッチと言う大きな壁を越す手立てを見つけだす一段のスキルアップと努力 が求められるのである。

« 2016年3月 | トップページ | 2016年5月 »