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2018年1月の記事

2018年1月 8日 (月)

2018年 私が最も期待し注目するスポーツの話題


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例年、年頭所感で述べていた、今年 “私が最も期待し注目するスポーツの話題” を改めここで取り上げて見たいと思います。

1.ゴルフ界・期待の星 “松山英樹” 悲願のメジャー制覇

昨年もトップで取り上げ期待していましたが、残念ながらメジャー制覇へとは繋がりませんでした。メジャーでの結果は、マスターズ・トーナメント11位、全米オープン2位、全英オープン14位、全米プロ選手権5位、という結果に終わりました。

このうち、全米プロ選手権戦では、最終日前半を首位で折り返すという、あわや優勝かとも思わせる出来でしたが、最後崩れてメジャー制覇へとはなりませんでした。しかし、メジャー制覇にかなり近づいてきたと思わせるものでした。

昨年のレギュラーシーズンでは3勝し、年間ポイントランキング1位で年間王者を決定するプレーオフ4戦に臨むことになりました。しかし、プレーオフ第1選で大崩れし予選落ち、続く第2戦、第3戦、第4戦でも上位へ来ることが出来ず、結局最後 年間ポイントランキング8位 で終わりました。

プレーオフシリーズで崩れてしまったことについて、松山は次のように振り返っていました。全米プロ選手権戦が終わってから1週間おいてプレーオフシリーズが始まりました。

前の試合で一時首位に立ちながら、自分が思うようなプレーが出来ず崩れたことが悔しくて、直後のインタビュー時 大泣きしました。その悔しさを引きずったまま次の試合に臨むことになり、第1戦ではドライバーもパターも調子を崩し、予選落ちしてしまったのです。

その後、懸命に練習し立ち直りを試みましたが、残りの3試合とも10位以内には食い込む事が出来ず、年間王者という夢を実現することは出来ませんでした。

2018年のPGAツアーは、既に始まっていますが、ここまでの成績は3戦して5位タイが2回、50位タイが1回となっている。

直近の試合、今年15日~8日ハワイで行われた、セントリー・トーナメント・オブ・チャンピオンズでは、8日最終日 松山は猛チャージをかけ7つスコアを伸ばしトータル14アンダー 4位タイで終了した。優勝は、現在PGAランクNo.1のダスティン・ジョンソンの24アンダーと言うとてつもないスコアであり、やむを得ない結果となった。

しかし、この試合を見る限り、松山の調子はかなり良くなっていると感じられた。4月のマスターズ・トーナメント迄はまだ3ヶ月あるので、調子をピークに持ってくるよう調整して行って欲しいと思う。

2.サッカーW杯・ロシア大会で日本の活躍 (予選突破し8強進出)

2018614日より、ワールドカップ・サッカーロシア大会が開幕する。日本は、今回で6大会連続出場となる。そのうち、2002年日韓大会と2010年南アフリカ大会で予選を通過し、ベスト16まで進んだのが最高の成績である。

W杯・ロシア大会の一次リーグの組み合わせは、日本に取って非常に恵まれたと感じている。日本は、H組でポーランド(FIFA 7位)、コロンビア(FIFA 13位)、セネガル(FIFA 23位) と同組である。

いずれのチームもFIAFランキングは日本(FIFA 55位)より上であるが、実力がずば抜けたチームがいなく予選突破のチャンスは充分にあると見ている。予選突破し16強に進んだ後、何とか8強まで進んで欲しいと願っている。

ただ心配の種は、12月に行われた東アジア選手権で優勝をかけて戦った韓国戦で1-4と大敗したことである。この時の日本代表チームは全てJリーグ選抜のメンバーであったが、内容があまりにも不甲斐ない戦いであったことである。

W杯に於いては、日本代表チームとして海外で活躍する選手が多数選抜されると思うが、韓国戦の敗戦を鑑み、立て直しを図って欲しい。全ては、ハリルホジッチ監督の采配次第だと思っている。

3.メジャーへの挑戦が決まった大谷翔平の活躍

大谷翔平は、2013年高卒でNPBの日本ハム・ファイターズへ入団、2017年迄の5年間日本ハムに在籍、この間投手と野手の二刀流として活躍した。2016NPB史上初の 「2桁勝利・100安打・20本塁打」 を達成した。

2016年には投打両方で主力としてチームのリーグ優勝と日本一に大きく貢献、NPB史上初となる投手と指名打者の2部門でのベストナインの選出に加え、自身初のリーグMVPの栄誉に輝いた。更に、165km/h のNPB最速投球記録保持者でもある。

こうした輝かしい記録をバックに、今年から大リーグ ロサンゼルス・エンゼルス”へ移籍し、二刀流として活躍することが約束され、期待されている。

大谷翔平が “ロサンゼルス・エンゼルス” を選んだ経緯は、監督のマイク・ソーシア氏が大谷を 「間違いなく二刀流として考えている。投手、野手として大リーグで活躍出来る」 と太鼓判を押している ことだと思っている。

具体的には、投手として起用する場合、大リーグでは基本的に5人で先発ローテーション回すのが一般的であるが、エンゼルスは先発6人制の採用も検討しているようである。

野手として起用する場合、アメリカン・リーグでは指名打者制度があり、主に指名打者として起用することを考えているようだ。先発投手、野手としての調整方法や実際の起用法などについては、これから意見交換を密にして行くとしている。

大谷翔平が大リーグでどれだけ活躍できるかは未知数である。しかし、大リーグへの挑戦は大谷が当初から希望していたことであり、実現した以上 「知将」 マイク・ソーシア監督のもと全身全霊をかけて頑張って欲しい。

4.平昌冬季オリンピックでの日本女子選手の活躍

29日から平昌冬季五輪が開幕する。期待するのは、日本女子選手の活躍である。特にスピ-ドスケート500m、1000mの小平奈緒、1500m、3000mの高木美帆、女子団体追い抜きの 高木美帆、佐藤綾乃、高木菜那、菊池 彩花、のチームである。

そして、スキージャンプ 高梨沙羅、伊藤有希、の活躍 金メダルを期待したい。高梨沙羅は前回のロシア・ソチ大会 金メダル候補のトップと言われて臨んだ大会であったが、残念ながら4位に終わった。今回、その雪辱を果すチャンスが訪れた、頑張って欲しい。

2018年1月 1日 (月)

2018年 年頭所感

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新年明けましておめでとうございます。 2018年(戊戌・・つちのえいぬ・・)が皆様にとって良い年になることをお祈申し上げます。 今年も、このブログご指導、ご鞭撻の程、よろしくお願い申しあげます。

昨年は、個人的にビッグな行事予定はない年でした。しかし、年を取るに従って健康面に於ける厳しさを痛切に感じさせられる年となりました。昨年4月に体調に異変を感じ、スムースに歩く事が出来なくなり非常にショック受けました。

整形外科での診断の結果、軽い脊柱管狭窄症ということであり、今後どのように対処して行けば良いのか?当時はかなり悩みました。しかし、いくら悩んでも結局は足腰の筋力アップを図って行く他に道はないのだと気づきました。

足腰の筋力アップを図って行くには、適切なストレッチと歩行訓練が必要であり、整形外科医の指導のもと、これに取り組み始めました。

まず、最初に必要な事は、生活習慣を根本的に変えなければならない事でした。今までのような生活を続けていたのでは、医師が進めるストレッチと歩行訓練は出来ないと知り、生活習慣の変更に大きく舵を切りました。

即ち、パソコン&スマホを生活の中心とする事から脱出して、パソコンは開くとしても一回30分程度、一日数回としたのです。その結果、ホームページの更新、ブログの作成、ムービーの製作、等々は以前のような頻度で行うことが出来なくなりましたが、それはそれで “良い” としています。

リハビリを始めてから、ほゞ 7ヶ月が経過しましたが、相応の成果を感じています。最初の3ヶ月は劇的な改善効果が見られ正常な状態から7割近く回復したと感じましたが、それ以降は遅々とした改善効果だけです。しかし、7ヶ月間のトータルで見ると8割近くの改善効果と評価しています。

完全に元の状態まで戻るには、更に1年以上かかるのではと思っています。歳が歳であるため、自然に来る衰えを加味するとあまり大きな期待をしない方が良いのかな!と言う気もしています。

肉体面の衰えもさることながら、脳の衰えも進んで来ていると感じた年でした。特に、強く感じた事は人の名前がスムースに出て来なくなった事です。聴力も落ちて来ているので、合わせると認知症の始まりではないかと危惧しています。現在、この両方の衰えを防ぐ取り組みも始めています。

ここで話変わりますが、現在の天皇陛下が2019430日で退位され、新天皇が201951日に即位される事が決定致しました。天皇の生前退位は、約200年前 江戸時代の第119代 光格天皇 以来のことであるようです。

光格天皇の在位期間は、1779年~1817年の約38年間ですが、この間に元号は 安永、天明、寛政、享和、文化、と5回変わっています。

201951日に新天皇が即位されますが、これに従い元号も新しく設定されます。元号が新しく設定されることに異論は有りませんが、この際 「公式に使用する年号は西暦を主とし、日本の元号を副として使用する」 ようにしたらどうだろうか?と言うのが私の私見です。

と言うのは、明治以前の元号で年を言われても、いつのことやらピンと来ないからです。最近は、明治何年、大正何年、と言われてもピンと来なくなって来ました。

そして、私は一時的に (1997年~2006年の10年間) 海外に住んでいたので、それ以来 西暦で年を認識する方 が馴染んで来ました。昭和何年、平成何年、と言う場合でも全て 西暦に置き換えて認識する ようにしています。

おそらく、これから百年~二百年も経過すると日本の元号がどんどん増えて来て、新しい世代の人々に取っては昭和何年、平成何年、と言ってもいつのことやらと言うことになるのではと思われるからです。この件、皆様はどう感じておられるのでしょうか?ご意見を聞かせてもらえればと思います。

平成の世が後14ヶ月で終わることが決定しました。少し早いようですが、ここで平成時代とはどんな時代であったのか?一つの指標・出来事を取り上げて振り返って見たいと思います。その指標・出来事として真っ先に上げられるのは、地震です。平成時代は、短期間にビッグな地震が多発 し身近で経験した時代であったと感じています。例を上げると、

   1995年 117日  「阪神・淡路大震災」 マグニチュード7.3   日本・交野市 在住の時 発生

   20041023日  「新潟県中越地震」 マグニチュード6.8    シンガポール 在住の時 発生

   20041226日  「スマトラ沖大地震」 マグニチュード9.1    シンガポール 在住の時 発生

   2011 311日  「東日本大震災」   マグニチュード9.0    日本・交野市 在住の時 発生

   2016 416日  「熊本地震」      マグニチュード7.3    日本・交野市 在住の時 発生

それぞれの地震について記憶が鮮明に残っています。記憶に残っている “事柄・エピソード” を記述して見たいと思いますが、これを書き始めるとブログが長くなるので後日、日を改めて書いて見たいと思います。

そして、例年記述している、私が今年期待するスポーツの話題についても後日、日を改めて記述したいと思っています。 本年も、何卒よろしくお願い申しあげます。

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